ぜん breath II

入口と出会い

二度目の秋の展示会。入り口には家の近くの公園で早朝に拾って来た銀杏の葉を敷き詰めて道をつくった。鮮やかな黄色の葉を踏む感覚を味わってもらおうと…。野外では特に意識しない足の裏の感触を訪れる人それぞれに伝えたくて。それは目にも鮮やかに残るものだった。
アパートの前の駐車場でいらなくなった棚を解体した板をつなぎ合わせ『ぜん』の看板をノミで彫って作る。音が響いて近くの住人の方が覗きに来たぐらい。木を彫っている瞬間は無心になれた気がした。この年、早朝のアルバイトをしていた私は勤め先まであちこちに捨てられているゴミになって捨てられたいろんなもの30分ほどの道のりを自転車で毎日通った。その行帰りの道のりで、都会のを拾って持ち帰った。そして二度目の展示会は生まれたのだった。
看板の前には敷き詰めた銀杏を踏んでもらえるよう「土足可」と書いた気を置いた。小さかったのでどれだけの人が気付いたでしょうか。
工事現場の足場に使っていたであろう長い板。ノミで『天』『空』『地』と彫った。最初の展示会ではもう少し文章にした言葉を入口に置いたが、今年は3つの文字にした。意味はそれぞれにとってもらえればいいとの思いだった。自分としては空と地面の間の空間の中に立つ我の存在というだけの意味でした。ただそこに今、存在する自分。『空』は仏教でいうところの『世界の全て』を意味するらしい。これは後で知ったこと。ただありのままでいられたらと思っていただけ。
入口の招くための言葉が唯一の言葉…
昔、舞台の衣装として使ったネットを入口の扉の上にかけて、枯れ葉をちりばめた。そして、のれんのように掛かった薄い布か紙のようなものは台所の三角コーナーなど生ゴミの水きりとして売られていた合成樹脂のようなもの。なぜかこれに「これ、何だろう?」と興味を持つ人が多かったのは不思議でした。
入口を入ると柿の実が吊るしてある。そこに「ゆっくりゆらして」と墨で書いた。揺らすと天昇から吊るした金属製のパイプの鳴り子がカランカランと音をたてる。柿を見てほっとしたと語った人がいました。柿=故里を浮かべるものなのでしょうか。
この年、訪れた知り合いの写真を撮らせてもらいました。スナップ写真です。それぞれの表情がありました。銀杏の上に寝転ぶ人。中の人形たちと絡む人。そして新しい出会いもいろいろありました。この時、この場所で出会えたことにも何かしら意味があるのかも知れません。左の女性はこの年準備を手伝ってくれた知人のTさんです(翌年結婚されてIさんになりました)。下はこの展示会を始めるきっかけとなった女性Oさんです。こうして今年も空間が出来上がりました。ありがとうございます。
空間の中には山で録音した虫と鳥の声を流していた。この展示会を訪れたKさんとOさんが空間の中で動き回っていた様子。踊りではありませんが、感覚的な二人の様子がとても楽しかったのでその一部を勝手ながら載せさせていただきます。
Kさんは舞踏家で体のことを東京都国立市にて教えています。詳しく知りたい方は下の文字をクイックしてください。

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